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2024/03/29 05:28 |
無題
なにかの拍子に、否、あれは誰かの誹謗の声へ怒りを突発した結果だったかしら、わたしはどこか、遠い宇宙から現実へと引き戻されて、天井を見て次は、窓。タンス、たたみとやって、身体をゆっくり持ちあげた。濡れたシャツを感じて、シーツを触った、同じだと思った、室内の生温かさと対照して冷たいと思った。完全に直立してからまた、そこを見てみると、もっと冷たくなっているような感じが起こって、触ってみたくなったけれど、身体を屈める面倒をかんがえて止した。わたしは暫く、その場に直立して居た。
何とかしよう、と頭では思って、洗面所、鏡のある部屋、などと移動してみるのだ。けれども、その日の予定を決するものは何一つ、見つからなかった。そういうときは限定的なあそびを思いついて、実行してしまっている。腕をいっぱいに伸ばして振り回したり、頭に浮かんだ言葉を口にしたり、口にした言葉にいろいろな音階を付与したり、思い出して歌ったり、舞台を想定して決められていたかのように長い台詞を吐いてみたり、してしまっていると、わたしは、そういうことをするためだけに生まれてきたのではないかと思われてきて、身体が醜く引き裂かれたじぶんを想像した。野に生えて風に弱弱しく揺らぐ、内部の空虚が外へ剥き出しになった、鳳仙花。――鳳仙花、ほんとうに?わたしにいつ、かの向日性に似た、充実して出世心を反映した毎日が、あったかしら。
 
どこかの言葉を突破口に、物語をつくりだせばいい、と思われてしまうかもしれないけれど、とてもでないが、そんな怖い賭けに乗り出せるはずがないのだ。一つの長い物語に結晶させるだけの能力と勇気があれば、わたしはすぐにでもそれを実行したい。「能力」に「勇気」を含んでも、問題ないのだろうけれど、はたしてどうか。少なくとも、以前まで見出していた作品への高貴な印象は、今では何一つとして色褪せて、書くことへの、確たる動機を失っている模様。やはりわたしは、内部の空虚が外へと剥き出しになった何か、にちがいないけれど、誰か、その「何か」を埋めてくれないか。教えてくれ、わたしは一体いま、何であるのだろうか誰か、おい。わたしを、どうか。
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2010/08/31 22:12 | Comments(0) | TrackBack() | 未選択
無題

電車内にて。わたしの手と偶然接触したもの、わたしの小さな肩へもたれ掛るもの、そのような対象の諸々に、気持ち悪いでしょう、わたしは錯覚した愛を、感じている。たましいに日常を休む暇はなく、底なしの焦燥、もしくは空虚をもって、わたしをつくっているのである。錯覚した愛を感じているだけでない。わたしはその対象のすべてに立ち会う度に、じぶんのかなしい未来を感じていちいち、絶望している。

今日、父親と久しぶりに話した。彼は、わたしを、機嫌が良くなってよかった、と評価した。口をまったく開かなかったわたしが、よく話しだしたのを見て、そう評価したのである。 

すべてがうまくいく一瞬、その一瞬だけを見逃さぬようにして、その一瞬を迎えるまでわたしは、何食わぬ顔で生活人を演じたい。しかし今日、アルバイトの登録でであった青年と話をしているときに、悲しい序列を突き付けられた感じがしてもう、だめな気がしたのである。万が一、今後、突き付けられたそれをやり込められるようになっても、わたしは自宅で薄ら笑い、我慢できるかしら、と考えたら、いつの間にか、暗い底への落下をもう始めていた。

林を縫う狭い小道を自転車で走っているとこのまま、暗がりの深みに飲まれてしまうか、幽霊に連れ去られてしまうか、されてみたくなって、たまらなくなる。闇の中を仄かに白く横たわる、川のごうごうという流れがにわかに氾濫しだして、というようなものでも、構わない。そうして、市役所の書類どころか、ひとびとの記憶からもわたしにまつわるすべてを、すっかり流してしまって、というつまらない想像をしていると、わたしの家はもう、そこまでやってきていた。


2010/08/28 22:29 | Comments(0) | TrackBack() | 未選択
無題
こんな掃溜め、誰か、読んでくれている人がいるのかな。

苦しくてたまらない。

自殺をふみとどまるのは、生きていることを義務に感じているから。
わたしを育ててきた人を無気力にさせる権利も、自殺した人を抱えて彼らが世間体を気にしながら生きていかねばならないのを強制する権利も、何もかもわたしにはない。

楽しそうな顔をして、生きていかねばならない。何ひとつ、楽しくないのに。

自殺が最善の策になってくれたら、って毎晩願っている。
いつまでも最善の地位に踊り出ないのなら、事故に見せかけるのは、どうだろう。
でも事故に見せかけたら、わたしの精神性に思いを馳せてくれる人はきっと、誰一人とて現れてくれないのでは、ないのかしら。
諦めて永遠の孤独を、受け入れることではないのかしら。

2010/08/24 19:24 | Comments(0) | TrackBack() | 未選択
無題
来週の予定。まずは、部屋の片づけだ。わたしには自分だけの部屋というものがなく、ただじぶんの机をおかれた、夜は隣で父が布団を敷いて寝るその部屋が、わたしの部屋となっている。その部屋を散らかしている本質は、大学や就職のあらゆる書類と、小学校から延々と溜まっていった教科書の類と、夏物と冬物の出っ放しの洋服と、そのほか種々の思いでの諸々だ。「思いでの諸々」とはたとえば、小学校の時に担任の先生が配布した三浦海岸の珊瑚礁の一片から、高校のときに描いたじぶんの肖像画まで、いろいろある。ともかくわたしはまず、それらを片付けなくてはならない。
次にすべきは、人件としてのわたしにまつわる、さまざまの処理がある。わたしは少なくとも、世田谷でクリーニングの品を扱う店でアルバイトとして雇ってもらって居る。そこへ、電話かなにかをして、長期の休暇をとることを告げてこなくてはならない。辞めてくるのがもっともすっきりとしているのだけれど、どうも気負いしてそういうわけにはいかない。また、気分が変わって潔く、辞めてくるかもしれないけれど。あと、大学の退学手続きの方法を調べてみたら、どうやら、親の同意が必要らしい。学費を払っているのはどこの家庭でもたいてい、親であるし、と理屈をその一瞬でつくったら、苦しくなった。わたしを今まで育ててくるまでにかかった費用と手間を、ぼんやりと思い浮かべたから、だろうか。
来年の4月から内定をもらっている、S高校にも断りの電話を入れてこなくてはならないけれど、どうしよう。3月になって内定者に電話してみたら、いません、となれば、とんだ迷惑には違いないから、わたしは何とかしなくてはならない。この部分にかんする問題は、わたしが親との会話を再開して、親に内定先のことを話しておけば、解決するのだろう。数か月話してこなかったのに急に、親との会話を再開するのはとても難しく思われるけれど、最低限の会話をできるように、なっておかねばならない。
わたしの人件的な問題の処理は、これくらいだ。あとは、何があるだろう。あとは、あとは、と考えてみると、とてもでないけれど、来週では終わらない感じがしてくる。どの考え方に落とし込むのがいいか、わたしはまだ検討していない。たとえば、人と分かり合うことについて。最後まで、誰かと分かり合えることを信じて、暮らしていくのか。それとも、誰かと分かり合えることなんて、有り得ない、と諦めてしまうのか。いや、違う。もともと、人と人は分かり合えないことなんて、知っている。たとえばある二人が、手紙のやり取りをして何らかの情緒的な結びつきを感じたとしてもそれは、錯覚にすぎない。会ってみたら、お互いの言葉のトーンなどにおける、日常的な様々の習慣の違い、それどころか、じぶんの人間としての能力の欠損。相手によく思われようとして、態度が頑なになったり、もしくは、じぶんの声の低さ、人間としての魅力の無さを思い出したりして、何一つ、打ち解け合わない歯がゆさ。だからもともと、わたしと相手は、分かり合うことがない。そんな現実的な壁の諸々を超えて、二人の愛がある、といった抽象的な考察も、いまどき流行らないだろうから、やはり、わたしと相手は、分かり合うことがない。だから落とし込むべき考え方の選択肢としては、そのような不可能性の問題があるという前提で、じぶんの欲望に優しくしてやるか、あるいは、冷たくあしらうか。ほんとうに、あまり現実的でない対立軸だと思う。わたしはわたしの欲望を、どうすることもできない。何の指針も失って、わたしはその都度、わたしの欲望を冷笑したり、絶望したりいろいろ、するだけなのだろう。こう考えてみると、わたしは最後までじぶんの暮らしをよく暮らしていける才能に恵まれていない、気がしてくる。数週間、どういう考え方で暮らせば、いいのかしら。
わたしはあと、わたしの最後をどうするかについて考えなくてはならない。場所は、方法は、と考えなくてはならない。けれども、わたしには生活の指針が失われているのだった。それでもなんとか、と考えてみるとやはり、家で死ぬのは最悪。以前おもっていたのは、冬の山。宇宙の厳かな、原始的な景色に抱かれて、と思っていた。しかし、かわいそうなことに今は、油蝉の鳴く季節なのだ。今の時期に似つかわしいもの、熱中症だろうか。しかし、場所はどこだ、この夏に冬山のような、宇宙のかち、かちという音が静かに響く原風景が、どこにあるかと悩んでいたら、きっと、おまえは死ぬのが怖いのだろう、と誰かににやにやされる気がして、やりきれなくなってくる。冬であろうと夏であろうと、水分を摂らないで死ぬことに、まちがいはないのだ、とわたしはわたしを力づける、独り言を溢した。誰かに気持ち悪い目で見られているのを感じた。
まずは、母親と会話をして、と結論しようとしたけれど、ほんとうに、「まずは」なのかしら。その次は、部屋の掃除をして前後関係を良しとするのかしら。終点は、どこにあるのだろう。さいきん、この価値相対主義の世の中じゃゴールはないけれど、各人にはゴールが必ずある、という殺し文句を思いついた。教員として現場に立った時に使える美しい言葉であるとか、そういう発想で思いついた言葉なのだけれど、はて、わたしのゴールは一体、どこにあるのだろう。わたしは最後まで、わたしを生きることができるのだろうか。わたしは、わたしは。気持ち悪い。

2010/08/21 22:07 | Comments(0) | TrackBack() | 未選択
醜態の政治家
負けるのが嫌だった、という原因を想定するがいい、理屈を込めるがいい。
所詮お前は、わたしに興味など無いのだから。
 
 
――その街は洋服の店が繁華街から離れたところに点在していて、各店が個性を出すべく必死の形相、入口にはその結果がマネキンに反映されている。手前の店はどっちつかずだが、その通りを先に行くともう2、3店立ち現われて、それなりに努力の成果が垣間見えるものが置いてある。季節が移れば洋服を替え、詳しい名前には興味がないが、やはり個性を出すべく色や形、文化的背景がその店の施しによってまちまちとなるのである。
高校の頃の彼には、手前の店でないかどうかに拘らず、そのどれもが心を惹かれる的であった。学校をよく休んでは、平日の昼からその諸々の店を出入りした。店員、ほかの客の衣服を盗み見ては自分の身に纏うものと比べ、劣等感と期待の入り混じったような感覚に捕えられてこれから、これからと考えたり、ときには店員と話しこんでどんなものが良いのか、ときには流行を聞いて、ああ、じゃあその流行とは距離を置いて自分のものを選びます、と言ってみたりして適当にやり取りをした。また、音楽が聞こえるのである。聞き慣れない黒人のロックや、ジャズ、イギリスの古典的な民謡だと言われるものが聞こえ、彼はすっかり日常の世界、とりわけ受験の勉強というよりも日々の人間関係の煩わしさから逃避する術を身に付けていた。
それから勉強が忙しくなって、学校から離れたところにあるその街で時間を過ごすことは無くなり、近くの本屋で雑誌や小説を立ち読みすることで、現実から遁れることを少しやるだけになった。大学に入ってから、と思ってそれらの店のことは記憶から一時的に、抹消をしていた。
 
そうして彼は晴れて、第一志望の大学に入学した。4月、サークル勧誘の執拗な時期に彼は抗することなく身を任せて、理想していた大学生活へと漕ぎ出でるために素直な感覚を取り戻そうとしたのだ。勉学も友人、恋愛も、人並みか、平均より少し強い向上心で過ごした。知り合った友人は誰もかもが本心とは乖離した言葉を口にしたり行動に移したりしていたが、当初は慣れなかったものの、いつしか彼はそれを自分の技術として習得していた。おかげで彼はどんどん、別の人格をつくり上げ、一人であるはずの自分が別々な方向へ各々泳ぎだしていくのを感じた。しかし彼はそれを、特に気に病むことも無かった。何もかもが表面的であろうと、すくなくとも、学問は彼の拠り所であった。特に、アップルという学者の不平等再生産論には志を共にしていると思っていた。学校は、ある特定の知識にほかの知識とは同等でない地位を与える、ということを彼は膨大な量の学術書を読んでいくうちに自分で着想したが、実は10年前にはすでに、アップルに同じことを言われてしまっていて彼は、とても悔しがったのである。しかしどうやら、その敗北感のようなものと同時に、一緒に大学の授業を受ける友人たちやその他諸々には感じ取れないような、親密な印象をもったようだ。
 
やがて彼には、卒業論文に着手する季節がやってきた。もはや彼にとって、自分の存在を学問抜きに語ることはできなかったし、一時の空虚感があっても、教育学を信じてそれが薄れていくのを待つことができるようになっていた。しかし、卒業論文を前に彼は、手も足も出なかったのである。というのも彼は、自分の能力を過信してしまっていたのだ。彼は学部の授業に習うものは何もないと踏んで、一人図書館にこもって自分の好きな本を読んでいたのだが、少々偏ってしまったようである。教育学部で系統的に学ぶことで得られる体系化された知識が、彼には無かった。だから、誰も見向きしないような細かい論点を見つけて語ろうとしたり、すでに研究がされている分野とも知らずに骨折りの資料集めをしたりしてしまっていた。何より、彼には蚊帳の外から本質を見極められるほどの力に恵まれていなかった。うすうす彼は気づいていたようであるが、もう彼には、そこまで来てしまった自分の態度を改めて後戻りをするという余裕はなかった。だんだんと自分の敗北が色濃く滲み出てくるのを彼は、焦燥感を伴いながら見つめていた。そして付随する感覚はやがて、学問への虚無感へと様相を変質させていった。――貴様は何を打倒するつもりだ、あらゆる名誉・名声のために思いつく限りの理想的な地位に掴まらんと惰性の努力に身を投じて数年、その先にどんな未来が貴様を抱き寄せてくれると盲信するか。生命の存在意義を見定めようとするなど神の仕業、貴様が酔いしれるための問題ではないが故、論理は破綻しているのだ、さあ、頭の悪さを認めたまえ、貴様には何の取り柄も無い、大人しく電車の中で、惨めな物質的迫害に苛まれてしまえ!
 
機会があって彼は4回生の4月、ふたたび街を訪れた。古着にも流行があるのか、少しは内容が変わっていたが、雰囲気に変化は見られないとも思った。相変わらず、何処かの遠い国の文化的な印象に強く裏打ちされた風合いが店の入り口に表れていた、音楽は彼の耳を撫でてきた。春の柔らかな空気は余計に、そのような印象を伝えるのに役立っているのかもしれない。他方近くまで行って手に取ってみるまで、彼は気づかなかったのだ。彼にとって魅惑的だったその一帯のイメージは、もはや彼を恥ずかしくさせる効果しかもっていなかった。自分の後に続くように、高校生が一人、店へと入ってきた。店の中は、20代後半と見える店員、様相のぱっとしない大学生、その他高校生の諸々といった年代層になっていることに、その時はじめて気がついた。その一人でやってきた高校生は暗い顔をもっていて、どこか物憂げらしい印象をもっていたが、店員に話しかけられると一転、人懐っこいような態度をにわかに取り繕った。そして、最近の流行の話であるとか、近くにある服を適当に指摘してはそれがどんな物に合うのか等、話し出した。
他の客が自分より年下であったからか、それともどうか。少なくとも数年前、高校生だった彼が理想としていた、自分の纏い物を良くするという行為は今では、馬鹿馬鹿しい印象、またはよく分からぬ曖昧な線を、惰性で映し出すだけであった。

2010/04/21 09:03 | Comments(0) | TrackBack() | 未選択

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