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2024/04/18 22:51 |
醜態の政治家
負けるのが嫌だった、という原因を想定するがいい、理屈を込めるがいい。
所詮お前は、わたしに興味など無いのだから。
 
 
――その街は洋服の店が繁華街から離れたところに点在していて、各店が個性を出すべく必死の形相、入口にはその結果がマネキンに反映されている。手前の店はどっちつかずだが、その通りを先に行くともう2、3店立ち現われて、それなりに努力の成果が垣間見えるものが置いてある。季節が移れば洋服を替え、詳しい名前には興味がないが、やはり個性を出すべく色や形、文化的背景がその店の施しによってまちまちとなるのである。
高校の頃の彼には、手前の店でないかどうかに拘らず、そのどれもが心を惹かれる的であった。学校をよく休んでは、平日の昼からその諸々の店を出入りした。店員、ほかの客の衣服を盗み見ては自分の身に纏うものと比べ、劣等感と期待の入り混じったような感覚に捕えられてこれから、これからと考えたり、ときには店員と話しこんでどんなものが良いのか、ときには流行を聞いて、ああ、じゃあその流行とは距離を置いて自分のものを選びます、と言ってみたりして適当にやり取りをした。また、音楽が聞こえるのである。聞き慣れない黒人のロックや、ジャズ、イギリスの古典的な民謡だと言われるものが聞こえ、彼はすっかり日常の世界、とりわけ受験の勉強というよりも日々の人間関係の煩わしさから逃避する術を身に付けていた。
それから勉強が忙しくなって、学校から離れたところにあるその街で時間を過ごすことは無くなり、近くの本屋で雑誌や小説を立ち読みすることで、現実から遁れることを少しやるだけになった。大学に入ってから、と思ってそれらの店のことは記憶から一時的に、抹消をしていた。
 
そうして彼は晴れて、第一志望の大学に入学した。4月、サークル勧誘の執拗な時期に彼は抗することなく身を任せて、理想していた大学生活へと漕ぎ出でるために素直な感覚を取り戻そうとしたのだ。勉学も友人、恋愛も、人並みか、平均より少し強い向上心で過ごした。知り合った友人は誰もかもが本心とは乖離した言葉を口にしたり行動に移したりしていたが、当初は慣れなかったものの、いつしか彼はそれを自分の技術として習得していた。おかげで彼はどんどん、別の人格をつくり上げ、一人であるはずの自分が別々な方向へ各々泳ぎだしていくのを感じた。しかし彼はそれを、特に気に病むことも無かった。何もかもが表面的であろうと、すくなくとも、学問は彼の拠り所であった。特に、アップルという学者の不平等再生産論には志を共にしていると思っていた。学校は、ある特定の知識にほかの知識とは同等でない地位を与える、ということを彼は膨大な量の学術書を読んでいくうちに自分で着想したが、実は10年前にはすでに、アップルに同じことを言われてしまっていて彼は、とても悔しがったのである。しかしどうやら、その敗北感のようなものと同時に、一緒に大学の授業を受ける友人たちやその他諸々には感じ取れないような、親密な印象をもったようだ。
 
やがて彼には、卒業論文に着手する季節がやってきた。もはや彼にとって、自分の存在を学問抜きに語ることはできなかったし、一時の空虚感があっても、教育学を信じてそれが薄れていくのを待つことができるようになっていた。しかし、卒業論文を前に彼は、手も足も出なかったのである。というのも彼は、自分の能力を過信してしまっていたのだ。彼は学部の授業に習うものは何もないと踏んで、一人図書館にこもって自分の好きな本を読んでいたのだが、少々偏ってしまったようである。教育学部で系統的に学ぶことで得られる体系化された知識が、彼には無かった。だから、誰も見向きしないような細かい論点を見つけて語ろうとしたり、すでに研究がされている分野とも知らずに骨折りの資料集めをしたりしてしまっていた。何より、彼には蚊帳の外から本質を見極められるほどの力に恵まれていなかった。うすうす彼は気づいていたようであるが、もう彼には、そこまで来てしまった自分の態度を改めて後戻りをするという余裕はなかった。だんだんと自分の敗北が色濃く滲み出てくるのを彼は、焦燥感を伴いながら見つめていた。そして付随する感覚はやがて、学問への虚無感へと様相を変質させていった。――貴様は何を打倒するつもりだ、あらゆる名誉・名声のために思いつく限りの理想的な地位に掴まらんと惰性の努力に身を投じて数年、その先にどんな未来が貴様を抱き寄せてくれると盲信するか。生命の存在意義を見定めようとするなど神の仕業、貴様が酔いしれるための問題ではないが故、論理は破綻しているのだ、さあ、頭の悪さを認めたまえ、貴様には何の取り柄も無い、大人しく電車の中で、惨めな物質的迫害に苛まれてしまえ!
 
機会があって彼は4回生の4月、ふたたび街を訪れた。古着にも流行があるのか、少しは内容が変わっていたが、雰囲気に変化は見られないとも思った。相変わらず、何処かの遠い国の文化的な印象に強く裏打ちされた風合いが店の入り口に表れていた、音楽は彼の耳を撫でてきた。春の柔らかな空気は余計に、そのような印象を伝えるのに役立っているのかもしれない。他方近くまで行って手に取ってみるまで、彼は気づかなかったのだ。彼にとって魅惑的だったその一帯のイメージは、もはや彼を恥ずかしくさせる効果しかもっていなかった。自分の後に続くように、高校生が一人、店へと入ってきた。店の中は、20代後半と見える店員、様相のぱっとしない大学生、その他高校生の諸々といった年代層になっていることに、その時はじめて気がついた。その一人でやってきた高校生は暗い顔をもっていて、どこか物憂げらしい印象をもっていたが、店員に話しかけられると一転、人懐っこいような態度をにわかに取り繕った。そして、最近の流行の話であるとか、近くにある服を適当に指摘してはそれがどんな物に合うのか等、話し出した。
他の客が自分より年下であったからか、それともどうか。少なくとも数年前、高校生だった彼が理想としていた、自分の纏い物を良くするという行為は今では、馬鹿馬鹿しい印象、またはよく分からぬ曖昧な線を、惰性で映し出すだけであった。
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2010/04/21 09:03 | Comments(0) | TrackBack() | 未選択

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