なにかの拍子に、否、あれは誰かの誹謗の声へ怒りを突発した結果だったかしら、わたしはどこか、遠い宇宙から現実へと引き戻されて、天井を見て次は、窓。タンス、たたみとやって、身体をゆっくり持ちあげた。濡れたシャツを感じて、シーツを触った、同じだと思った、室内の生温かさと対照して冷たいと思った。完全に直立してからまた、そこを見てみると、もっと冷たくなっているような感じが起こって、触ってみたくなったけれど、身体を屈める面倒をかんがえて止した。わたしは暫く、その場に直立して居た。
何とかしよう、と頭では思って、洗面所、鏡のある部屋、などと移動してみるのだ。けれども、その日の予定を決するものは何一つ、見つからなかった。そういうときは限定的なあそびを思いついて、実行してしまっている。腕をいっぱいに伸ばして振り回したり、頭に浮かんだ言葉を口にしたり、口にした言葉にいろいろな音階を付与したり、思い出して歌ったり、舞台を想定して決められていたかのように長い台詞を吐いてみたり、してしまっていると、わたしは、そういうことをするためだけに生まれてきたのではないかと思われてきて、身体が醜く引き裂かれたじぶんを想像した。野に生えて風に弱弱しく揺らぐ、内部の空虚が外へ剥き出しになった、鳳仙花。――鳳仙花、ほんとうに?わたしにいつ、かの向日性に似た、充実して出世心を反映した毎日が、あったかしら。
どこかの言葉を突破口に、物語をつくりだせばいい、と思われてしまうかもしれないけれど、とてもでないが、そんな怖い賭けに乗り出せるはずがないのだ。一つの長い物語に結晶させるだけの能力と勇気があれば、わたしはすぐにでもそれを実行したい。「能力」に「勇気」を含んでも、問題ないのだろうけれど、はたしてどうか。少なくとも、以前まで見出していた作品への高貴な印象は、今では何一つとして色褪せて、書くことへの、確たる動機を失っている模様。やはりわたしは、内部の空虚が外へと剥き出しになった何か、にちがいないけれど、誰か、その「何か」を埋めてくれないか。教えてくれ、わたしは一体いま、何であるのだろうか誰か、おい。わたしを、どうか。
PR
トラックバック
トラックバックURL: