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2020/03/29 12:51 |
大学時代

最近は急に寒くなってきましたね。あまりの季節の早さに身動きできず、それで俺はどうも服を用意できなかったみたいで。

そうしてこの頃は服が欲しい訳な俺でして、ものとしては「高そうな」ものを希望するわけです。

友人との会話で気づいたんですが、どうもお洒落さには「高そう」が不可欠らしい。そういう人種はみんな汚らしいような服装ではないのです。

さて、「高そう」で安いお洋服でも中目黒で仕入れようかしら。学生はお金がないので安さに落ち着かざるをえませんからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦悩の吐き捨て場を見出したにもかかわらず、わたしは上手くこの場を使えていない気がしてならない。いや、そもそも始めは上手く使う必要が無かったんではなかろうか。ここを始めた当初は悩みなんてなくて、昔の自分を顧みることが出来ればいいという程度の気持ちだった。昔の自分の醜態をさらしておけばそれで満足し、今の自分を見せることに意義を覚えなかった。今の自分にいくらか問題が生じても、以前に使った解法で、数あるうちの1つの答えを導けたものだった。

 

しかし、今と呼べるものが姿を変えていってその先に、以前の解法じゃ無理になった。決まりきった約束事のように片づけられず、たまってはいけないモノがたまっていったのだ。やがて解くべき問題量は莫大なものとなってしまい、遠くから見た分には「からっぽ」と大して変わらなかったのだろう。「からっぽ」のように見えてしまって問題がどのような様相をしているか、さらには本当に存在しているかさえも掴めず、ひどく精神が安定しなくなった。心臓に不快感を覚えもした。

 

問題が増えると、厭なことに自分は首がまわらなくなる。いや、故意にまわらなくして、「悲劇のヒーロー」を演じたがっているのかもしれない。それで自分をかわいいと思って、甘えさせているのではないか。大きく水準を下回った人間。ハードルを下げて人生を歩もうとする愚か者。

 

さっさと感傷から抜け出して、理屈をもって片づけてやればいいのだ。誰に見せるわけでもないのに、頭の悪さを晒す筋合いはない。

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2007/12/13 11:29 | Comments(0) | TrackBack(0) | 未選択

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