初日の出を、富士山を背にして向かいの山の端に臨んで、友人の車で帰った。乗り物酔いし易い私は、ひだりの後部座席で寝させて貰った。誰にも言わなかった。だから、心地よい運転に身を任せたと思われたかも知れないし、ひとりにばかり運転させてと根に持たれたかも知れない。御殿場だったはずなのに、気がつくと、家から数分の神社であった。客の群れで煮えくり返っていたため諦めて、自宅前で降ろして貰った。
丸一日またいでの帰宅であった。疲れていたので寝たかったが、努力した。学問芸術論が途中である。机を照らして、休み休み読書した。長く続けたのでやがて日が暮れて、本を中止して、2日ぶりの風呂に入って、水で体を流すだけした。浴室を出たら冷食を温めた。
テレビを見た。床に布団を敷いた。きりのいい所まで読書した。もう少しテレビを見た。
勝利の根拠の不在。帰属意識を失くした者の愚かさ。娯楽の観念の放棄。社会を疾うに探究してしまったのだ。いつかは再構築するつもりだった処世術は、実はもう調べ尽くしていた。幻想的地位に群がる諸々が奴隷と分かって嬉しかったわたしは、それに拘束されるばかりに無力に震える線と化していたのである。また始まった。貴様は怠惰に貪るな。抽象の世界に甘んじるのを禁止してしまえ。ああ、何とも説得力を備えない声。よく分からない思念のために全ては色褪せる。ついこのあいだ結論した理想も、有意義な将来とあんなに歓喜して迎え入れたのに、魅力的な色彩を失ってしまった。何一つ愉しくない。努力せずとも湧いてきた情熱は今では、身体のすべてを隈なく探しても、見つけることが出来ない。
胸の不快感を拭い去れぬ焦燥感。全てに負の傾向を与える世界が、室内を超えて真っ暗な夜いっぱいに不気味な膨張を始めた。どうすることも出来ない私は、その空間の異常さをさしおいて、意識が遠退くのをただ待ち侘びた。もちろん、目を瞑るだけであった。
ああ、また虚無感に襲撃されてしまった。
今回は何の御用ですか。
人との繋がりを阻んでいる私がいけないんですか。
それとも、再受験といった目標を欠いてしまった私を責めたいんですか。
学生と言うのは、どうも自由人に近い感じのイメージでした。
社会に縛られないで、自分の好きなことができると思っていましたから。
だから、好きなことが見つけるのが上手い方は、きっと充足するんでしょう。
端から見たら、わたしはさぞかし勿体ない生活の使い方をしている。
時間がたっぷりあるんだから、つまんない面容ではいけないよ。
ほら、もっと若い人みたいにエネルギーを出してみて。
私は知りません。あなたたちみたく、何も知りたくはありませんから。
何も考えずに生きていくのが恐怖なんです。それは一種の私の傲慢さの表れです。
それは、境界侵犯への憧れでもあります。根本的な隠遁願望もあります。
華奢な自分を強く示したい所もあります。困った時の立場づくりでもあります。
自分の数値を悟ることへの引け目でもあります。尊敬する偉人の猿真似でもあります。
成長への諦めでもあります。断片的な思想でもあります。
あだなき希望的観測でもあります。気色悪いナルシシズムでもあります。
命日に向かう過程でもあります。破壊的イメージによる統制でもあります。
私はよく嘘をつく。いや、というより、わたしは常に嘘をついている。
それも違う。わたしは、自分の言うことが真実か否か、何時も分からない。
しかし、頭から全て嘘だと断定してしまう方が、私には心地が良い。
世の中のすべての行いが偽善であると悟った方が、生きる気力が湧く。
そんな居心地を求めて、思索はいつもこうやって終焉させたいのである。
虚無感など嘘、もうすべて。真赤な嘘。